ふるふると震える手で点心を口もとまで運んだ、のだけれど、口はそれを拒絶してなかなか開こうとはしない。やっとの思いで詰め込むことには成功したものの、案の定それを胃におとすことはできなかった。
 しかし飲み込まなくてはどうしようもないのだから、と自分に言い聞かせ、口の中の点心をおそるおそる噛むと、じゅわり。どろどろと甘ったるい餡が口の中を侵食していく。
 もうだめ、吐く、吐く吐く。甘さに耐えかねて弱音を吐いた。ぐ、とのどの奥からすでに飲み下した点心がついでに出てきそうになる。となりで、餡を頬にくっつけている馬超殿が、がんばれあとすこしだから、と言っているようだったけどそれはいまさら気休めにもならない。
(うえっ)
 咄嗟に手のひらで口を押さえたけど、そんなものはこれっぽっちも役に立たなかった。いちどは胃におちた点心はのどを上がって口内に溜まる。じきに指の隙間からは点心のあらゆる部分がこぼれだした。
 ばか吐くな!と馬超殿の怒鳴り声が聞こえてくるけど、胃から逆流するものを止めることはできず。もう自然に無視をする状態だ。できることといえばぎゅっと目をつぶり、早く楽になりたいと願いながら吐ききることのみなのだ。
 ああ恥ずかしい。ぼたぼた吐いたものが地に落ちてゆく音とか、おえっとかげぼげぼもどしている真っ最中の音とか、聞いてて不快になる音をいま自分がたてているのかと思うと。あらゆる部分を吐瀉物でよごして、しまりをなくした口から唾液をたらしているのかと思うと。
 こんなことになるのであったら、点心大食い競争になんて出場しなければよかった。というより馬超殿が悪いのだ。勝ったら商品がもらえるから一緒に出ようっていうか出ろ、だなんて。拒否権なんてあったもんじゃない。


「あー…きもちわるかったあぁー……」
 正しくは"きもちわるい"、現在進行形。だけどあえてそう呟きながら口もとをぬぐった。すべてを吐き終えるとだるさが一気にからだを襲い、すぐにでも壁にもたれかかりたくなったが、そういえばここは点心大食い競争の会場。
 馬超殿のほかにも趙雲殿や関平殿や張飛殿とか、あっ、丞相もいるんだった。一刻も早くこのもどしたものを片付けなくては、と立ち上がった。
 しかしなんども吐いたことで体力を消耗したのか、水分をなくしたのか、わからないけど足に力が入らなくてふらふらぐらぐらゆらゆら。
(あ、倒れる)
 思ったけれどびたんとからだを床へ打ち付ける前に、気がつけば席を外していた馬超殿がもどっていてわたしを支えてくれた。片手にはなみなみ水の入ったうつわを持っていて、それをわたしに差しだした。
「飲んで休め。きたならしいこれの片付けはおれがしておくから」
 人が言われてかちんとくる言葉を馬超殿はよく知っている。それが愛情の裏返しだということをわたしはよく知っている。
「……じゃあお願いします」
 だからわたしは素直に休むことにした。壁にもたれかかりながら受け取ったうつわに入った水をちびちびと飲むと、きもちのわるさは段々と引いていき、わたしはそれに安堵してためいきを漏らした。
 ふと自分が吐いたところに目をやると、馬超殿と趙雲殿がせっせせっせと片付けてくれている。やっぱり他人が吐いたものを処理するだなんていやだろうし、におうよなぁ。ということで手伝いにいくと、全然へいきだから休んでいなさい、と趙雲殿はやさしく言ってくれた。
 趙雲殿は馬超殿とぜんぜん違う。大人でやさしくて誠実で。ああお付き合いするなら趙雲殿のほうがよかったかもしれない、とすこし思ったけど、馬超どのがつぎに言った一言で思ったことを後悔した。
「あーもーきたなくてたまらない。これをおまえが片付けたらもっと吐きそうだから休んでろ」
 大人でやさしくて誠実な人よりも、子供っぽくてぶっきらぼうで不誠実な人のほうが、やはりわたしはすきなのだ。

 後日、知らせをいただいた。吐くまでがんばったわたしに準優勝をくださるそうだ。その商品は点心五十個だとか。

 うえっ。


2006/06/29