幸福の始まり、或は悲劇の始まり








少し歩くだけで汗が噴き出る。少し前にテレビの電源を入れた時、たまたまやっていた天気予報で、もう夜だというのに気温は30度を超えたままです、と言っていた。室内でクーラーを付けながら見ていたことなので、その時は実感が全くと言っていいほどなかった。けど、買って来てほしいものがあるからと頼まれ外に出てみれば、なるほど納得出来る。
歩いて5分ほどのスーパーに来ただけなのに、汗で身体がべとついてしまって気持ちが悪い。もう品物も全て買ったことだし、さっさと帰ってしまおうと思った(スーパーの中の涼しさが名残惜しいけど)歩いて5分、だけども近道の公園を通ってしまえば3分だ。帰り道では近道を使うことにした。

切れかかった街頭がぽつねんと灯る公園。昨日の夜にやっていたホラーゲームのステージを思い出す。たしか、こんなだった。霊とか、そういうものは信じないけど、少しだけ怖くなって早歩きに変わる。その時だった。視界に入ったブランコに、人が乗っている様子が見えたのは。あまりじろじろ見ては悪いと思ったが、気になってつい目が行ってしまう。
暗がりの中でよくわからなかったけれど、茶色っぽい髪の毛を腰のあたりまで垂らしていた。うつむき加減の顔は無表情。一瞬、女だと思いもしたが、男のようだった。足に視線を向けると、靴らしきものは見当たらなかった。ただ、あまりにも暗いため、素足かどうかはわからない。全体を見たところ、年齢は俺よりも年下のようであった。

「こんな時間に一人で、危ないよ」
相手にとってはお節介なんだろうけど、声を掛けずにはいられなかった。そして声に反応した少年(青年?)は、ゆっくりと顔をあげた。無表情から、少し驚いたという表情にじわじわと変わっていく。ただそれ以外は何も変わらず、動くことも口を開く事もしない。しばらくは相手が行動を取る時を待っていたけどそれは無かった。元々気が長いわけではない俺は、じれったく思いブランコの方へ近付いた。
「どうしたの?何か、困ったことでも?」
再び声を掛けてみる。すると相手は何か言いたそうに、口を開いては閉じ、を繰り返した。たまに喉の奥から言葉になっていない声が漏れる。一瞬、大きく息を吐いた相手は、覚悟を決めたのか言葉を紡いだ。
「泊まる所がないんです。泊めてくれませんか?」
失礼かもしれない、けどその言葉を聞いた俺が最初に思ったことは、面白いことを言うなあ、だった。あまり物事を真面目に考えない俺だから思えることかもしれない。ただ、思っただけでなんと返事を返せばいいのかが思いつかない。いいですよ、とあっさり言えることでも無いし、かと言ってこのまま放って置くわけにもいかない。

「俺ん家でいいなら」

その返事は興味本位でしたものであった。







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