罪の記憶








一度だけ人の首を絞めたことがある。常に薄暗い空間で、十五の時だった。
あれからまだ四年しか経っていないのに、その時のことはこれっぽっちも覚えていない。相手の表情だとか、自分の感情だとか、その後はどうなったかとか。もしかしたら無意識のうちに、自分で忘れようと仕掛けていたのかもしれない。
それでも恐かった。いつか突然その時のことを全て思い出してしまうのではないかと。思い出してしまったら私はどうなってしまうのだろう。寸前で首を絞める指の力を抜いたから人殺しにはならなかったけれど、自分が犯した罪が恐くなり狂いそうだ。
震える。人の首を絞めた快感を覚えている指がわなわなと震える。頭がズキッと痛み出す。じわり、思い出しそうになる。

振り払うように温かい湯船から上がった私は急いで石鹸を手に取った。それをひたすら泡立てては必死になって身体を洗った。
いつからだっただろう、自分のことをとても穢いと思うようになった。気が付けばシャワーを浴び身体をひたすら洗っていた。ひどかった時は皮膚が爛れることも気にせず、いつも背中を赤くしていた。最近では少し落ち着いたと思っていたのに。また戻ってしまった。
じんじんと痛む背中に指を当てそっと撫でると、ズキンと痛みを感じる。その指をもとに戻し見てみれば少しだけ血が付いていた。その血と身体についた泡を流したくなったのでシャワーの蛇口をひねり、お湯になるのを待った。
しばらくしてぬるいお湯が身体を打つ。泡がお湯に流され、それが爛れた背中を伝って行く。沁みる痛さを心地良いと感じて笑みを浮かべた。自分でも沁みる痛さを心地良いと感じたことが理解出来ず不気味に思った。

この後はどうしたらいいんだろう。一晩はここに泊まることが出来るけど、その後は?
許されるなら、あの人達がいいと言ってくれるならば。ずっとここに泊めてほしい。働いてちゃんと家賃も払う。けどそれは当然無理なことなのだ。ずっとここに居ては巻き込んでしまうから。
もしかしたらもう巻き込んでしまったのかもしれない。関ってしまった時点でもう既に。だとしたら、だとしたら?私は取り返しのつかないことを――

不意に流れる涙。その瞬間、息が上手く吐き出せなくなった。まるで喉に詰まってしまったようになり、吐くことも吸うこと出来なくなった。心臓が跳ねて、頭が混乱し始める。
落ち着け、そう言い聞かせても呼吸が乱れていくばかり。あまりの苦しさに、胸に当てていた指の爪を皮膚に食い込ませ引っ掻く。
段々と座っていることもままならなくなり蹲る状態に変わる。流したままのシャワーが爛れた背中を打つ、その痛みが辛くて止めようとするも手が上がらない。声も出ないし穢く醜い身体も見られたくないから助けも呼べない。喘ぎ声だけが大きくなる。そのうちに気持ちも悪くなって来た。胃液が込み上げる。
どうなるんだろう、このまま息が止まって死ぬ?死ねるのならそれでいい、けど迷惑は掛けたくないからこんな所では死ねない!

視界がゆらゆらと揺れ、その度に見える世界から光が無くなる。瞳がかろうじて人の影を捉えたあと、すぐに意識は闇へと落ちていった。








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